高麗鍋ってなぁに?

西暦716年に高麗郡が設置され、西暦2016年(平成28年)には高麗郡建郡1300年を迎えることから、高麗鍋は、高麗神社や市内の事業者で構成される「高麗郡'S」によって、神社のイベントの時に考案されたものです。

「高麗郡'S」は日高市の新たな名物として定着させ、町おこしの起爆剤にしようと考え、商工会とともに商品開発や販売促進などを積極的に進めています。

高麗鍋の必須条件は「キムチ味」、「地場産野菜の使用」、「高麗人参の使用」の3つ。その他の工夫は事由で、商工会は麺類、米飯類、土産品等の商品が開発されることを期待しています。

また、地場産の野菜や食材を利用することにより、消費拡大にもつながることから、地域経済の活性化も期待されています。


高麗神社の由来

現在の埼玉県日高市の一部および飯能市の一部にあたる高麗郷および上総郷は716年武蔵国高麗郡が設置された地である。中世以降、郡域が拡大し、日高市・鶴ヶ島市のそれぞれ全域と、飯能市・川越市・入間市・狭山市のそれぞれ一部が高麗郡の範囲となった。

668年唐・新羅に滅ぼされた高句麗からの渡来人を移し置いたもので、703年には高句麗王族とされる高麗若光に朝廷から王(こきし)姓が下賜されている。

高麗神社はこの高麗郡の郡司・高麗若光を祭る。神仏習合の時代には高麗家は修験者として別当を勤めていた。また、高麗大宮大明神、大宮大明神、白髭大明神と称されていた社号は、明治以降は高麗神社と称されるようになった。境内隣接地には江戸時代に建てられた高麗家住宅がある。

なお、この神社では濱口雄幸、若槻禮次郎、斎藤実、小磯国昭、幣原喜重郎、鳩山一郎らが参拝後に総理大臣となったことから「出世明神」と崇められるようになった。

現在では大韓民国の駐日大使や各界著名人が参拝しており、掲示された芳名録には芸能人の名も多い。

(引用 ウィキペディア 「高麗神社」 http://ja.wikipedia.org/wiki/高麗神社 )