高麗郷の歴史

高麗郡(こまぐん、こまのこおり)は、かつて武蔵国、埼玉県に存在した郡である。

716年、朝廷が駿河など7ヶ国に居住していた旧高句麗の遺民1799人を武蔵国に移したことにより高麗郡として設置されたのが最初である。

設置時の郡域は現在の日高市と飯能市の一部であり、律令制下では小郡に分類されていた。『倭名類聚抄』には高麗郷(現在の日高市高麗本郷付近)・上総郷(現在の飯能市北東部)の二郷の名が記されている。郷名から高麗郷には旧高句麗の遺民が、上総郷には上総国からの移民が配置されたものと考えられている。

中世以降郡域が東側の入間郡・比企郡方面に拡大し、江戸時代には鶴ヶ島市・日高市全域および川越市・飯能市・狭山市・入間市を含む地域となり、入間川が入間郡との境界となっていた。

廃藩置県後に行われた全国的な府県統合に伴い入間県→熊谷県→埼玉県と所属を変え、1878年(明治11年)7月22日、郡区町村編制法制定に伴い、埼玉県に属する部分としての高麗郡が誕生した。高麗郡役所は郡の中心地であった飯能町ではなく、入間郡と共同で川越町に置かれていた。1896年3月29日、入間郡に編入したため消滅した。

1896年の入間郡編入時の郡域。1町・14村を含んでいた。

(引用 ウィキペディア 「高麗郡」 http://ja.wikipedia.org/wiki/高麗郡 )


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